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Railway & Music

     鉄道を楽しく撮影 & 音楽を楽しむ

東海道本線電化56周年

 退院して1週間が経ちました。普通の生活に戻ってますが、まだ何となく体に違和感が残っています。昨日は音楽仲間と練習で、帰宅途中胸に違和感を覚えました。胸の痛みというと狭心症の疑いを持たれますが、私の場合は不整脈から来るものだそううです。今月末、24時間体に心電図の検査計を貼り付けるホルダー検査があります。結果は12月12日に出ますが、それまではお酒も控えめ(ほとんど飲んでません)にしようと思っています。

 さて、明日は11月19日、展望車ファンでしたら忘れもしない東海道本線全線電化の日です。昭和31年といえば私はまだ3歳だったのでこの出来事を知っているはずもないのですが、その数年後に横浜駅で見た青大将がとても印象に残っており、そのシーンが瞼に焼きついてます。
 書籍では当時の記録がいろいろ残されてますが、なかなか具体的な実話は記されてません。このホームページを通じ知り合いになった方々より多くの方からお写真、お話をお寄せいただいております。「展望者の部屋」 「たーサンの世界」 などはご協力いただかなくてはとても完成できるものではありません。
 なかでも、たーサンとお会いしてからは「裸のお付き合い」のごとくさせていただいておりまして、当時のお話や撮影されたお写真まで、まるで私が撮影当時そこに居合わせたような錯覚に陥るほど詳しくご教示いただきました。これからもまだまだご教示いただくことがたくさんあると思いますので今後共よろしくお願いいたします。

 ホームページの表紙は既出ではありますが、電化初日、東京へ向か処女列車の回送です。この写真を撮影された方はたーサンの他に誰も居ないと思います。これが正真正銘の処女列車ですね。

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  1. 2012/11/18(日) 15:13:44|
  2. 鉄道史
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一馬力

 少々早い夏休みを取り東北旅行へ行って来ました。目的地は盛岡市の繋温泉。ここを拠点とした2泊3日の旅です。久しぶりの旅行とですが、今回は家族旅行のため基本的には非鉄。しかし、あくまでも非鉄ですが実際には大いに有鉄の旅となりました。

 往復の新幹線では例によりカメラを片手に車窓を眺め、少しでも変わった車両を発見したら何も考えずに取り敢えずシャッターを押す。今回もこの「条件反射」で色々ゲットしました。

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 まず最初は郡山総合車両センターに留置されている209系をゲット。交流区間に209系? 深く考えず先へ進みます。

 新幹線は予定通り盛岡駅に到着。軽く昼食を取り小岩井農場へ向かいました。ここでは嘗て走っていた馬車鉄道が見られます。現在では420mを周回しているだけですが、昭和33年までは小岩井農場から田沢湖線の小岩井駅までの路線が有ったそうです。昭和30年代に馬が車両を牽引していたというのもさすが農場です。

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 せっかく馬車鉄道を見られたので試しに乗ってみました。速度は5~6キロという感じで乗り心地は・・・・
バネ無しの一軸車輪ゆえ振動はモロに来ます。動画撮影を試みましたが手ブレ防止装置なんというものは効くはずがないほどの揺れです。それでも十分堪能できました。

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 画像は暑い中を1馬力で一生懸命私達を引っ張ってくれたお馬さんです。

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 この馬について、どうやら一生この仕事に携わる運命のようです。馬車鉄道の駅のそばには次世代の「機関車」が控えてました。2頭のポニーは成長の暁には馬車鉄道を牽引するとのことでした。その昔、実際に鉄道馬車が走っていた頃は「機関車」たる牽引馬がいっぱいいたことでしょう。馬車鉄道の歴史を垣間見て満足。

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 小岩井農場では他にも鉄ネタが有りました。その前にちょいと休憩。アイスクリーム&ヨーグルト。

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  1. 2012/07/23(月) 16:17:08|
  2. 鉄道史
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はとの友情

 先日ユーチュブの映画を紹介させて頂きましたが、その中の「線路の友情」と言う動画をご覧になられましたでしょうか。このドラマは昭和47年に放映されたもので、内容は原作(現実)とは若干違ってましたが、毎日病院付近を走る特急 はと のはとガールと患者さんとの友情を取り上げたものです。

 ここで改めて気を付けなければいけないのは、患者さんがはとガールと互いに合図しあうのは上り列車に限られるということです。3レ、すなわち東京発下り特急 はと は東京駅を12:30に出発しますので、山崎付近を通過するのは20:00近くになります。当時の山崎は線路周辺に何もないはずなので真っ暗のはず。列車からは患者さんの識別は出来ません。
 と言う訳で、「はとの友情」が展開されたのは大阪駅12:30発4レ、すなわち上り 特急 はと と言うわけです。
 先日、お世話になっておりますたーサンより大阪駅を出発するC62のお写真をお送りいただきました。昨日HPのトップに貼りましたがここでも掲載します。

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 12:30きっかりに大阪駅を出発する特急 はと、特急仕業に就く機関助士は誇らしげでもあり、また写真を撮られて少し恥ずかしげでもあり。何れにしても国鉄全盛期の素晴らしい記録写真だと思います。この写真を撮影後、たーサンはホームの先端より線路際に駆け下りもう一枚撮影されています。このお写真はmo-yanさんのHPにも掲載されています。

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 さて、表題の「はとの友情」はこの後に展開されます。

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 写真は岩波文庫よりコピーしたもの、昭和29年出版ということで版権については大丈夫かな?画像は荒いですが、サナトリウムの患者さんが特急 はと に手を振っているのが分かります。

 後年、たーサンはこのシーンを現実にご覧になられているのです。

  1. 2012/02/14(火) 17:45:18|
  2. 鉄道史
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メモリアルシップ 八甲田丸

 先日、日頃お世話になっています秋田のHOさんよりメールをいただきました。メールの趣旨は表題の八甲田丸。現在青森駅に係留保存されている青函連絡船が老朽化が酷く、このままでは廃船の可能性もあるとのこと、、この度その保存会が発足、ついては一人でも多くの賛同者を必要とするので署名に参加頂けないとのことでした。

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 青函連絡船については、その長い歴史の中でいろいろな出来事・事件があり国鉄時代に渡道経験がある方は思い出深いものがあると思います。私も過去3回利用しました。(往復なので4回のハズですが、その1回は飛行機利用)船着き場を離れる時の銅鑼の音は思わず涙腺が緩んだものです。

趣意書

 私もこの趣旨には大いに賛同し、早速秋田のHOさん経由にて署名を送らせて頂きました。ただ、私の家族は6名。これでは本当に微力です。私のホームページを見て頂いてるかたは一日に40名ほどいらっしゃいます。それならば、いっその事一人でも多くの方にご賛同頂ければ保存会のお役に立てるのではないかと思い、ブログに公表させて頂いた次第です。

署名

 大変申し訳ないのですが、この記事をお読み頂き、八甲田丸保存にご賛同頂けます方は上記用紙をプリントアウト頂き、直接保存会事務局へFAXにて送信お願いしたいと思います。ご家族の方にも賛同頂けましたら代筆でも大丈夫だそうです。
勝手なお願いで申し訳ございませんが宜しくお願いいたします。


2月10日 追記
コメントをいただきましたBEN-KEI-SHIさんのブログにもこの件をご紹介いただきましたが、オンライン署名も出来るようです。恐れ入りますがオンラインでご協力頂ける方はこちらをクリックお願いいたします。
  1. 2012/02/09(木) 15:45:45|
  2. 鉄道史
  3. | コメント:4

新駅

 正月のニュースで山手線新駅について報道されたのは記憶に新しいことと思います。田町電車区(昔からの言い方で通します)は東北縦貫が完成するとその役目の多くは尾久へ移動します。それと並行し電車区跡地を再開発しオフィス街を建設、同時に新駅を設置。
 鶏が先か卵が先か? 東北縦貫計画、田町電車区跡地再開発、JRはこれを同時進行で行います。鶏と卵が同時に生まれるわけです。その再開発となる土地は広大なもので10年後には風景が一変することでしょう。新駅はそのど真ん中に建設されるそうですが、その場所がどこであるかを諸氏想像をふくらませています。
 
 田町~品川間は2.2kmと言われてますが、どこを基準にしているのか、実際に歩くと3km位はかるくあると思うほど距離が長いです。新駅ができれば都営地下鉄泉岳寺が最寄りとなりますが、実際には海寄りに作られるようなので乗換はちょっと大変かも。
 
 私としてはどこに新駅ができようと関心はありませんが、田町電車区・東京機関区・品川客車区という名称が歴史の彼方へ消えて行くのがなんとも忍びがたいものがあります。オールドファンなら経験があると思いますが、嘗ての国鉄は見学者に対して寛容で見学については殆どフリーと言っても良いくらいに見学が出来ました。広大な電車区・客車区・機関区を撮影しても咎めるものもおらず。暗黙の了解で最低限の安全確保は弁えていたのでしょう。

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 鉄道用語で品川客車区のことを「東シナ」 田町電車区のことを 「チタ」というようですが、鉄道仲間間では通じても一般の方々には何のことかさっぱりわかりません。私はこのような呼び方は好みません。いかにも通という感じがしますが、何も省略せずに品川客車区、田町電車区と言ったほうが重みがあります。

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 もう何百回言ったかわかりませんが、あと10年早く生まれていれば・・・・・ 青大将がごろごろしている品川客車区をこの目で見れたろうに・・・。 それでも私が中学生の頃はマロネ29・40・30、マシ35などの重量級客車が現役で走っていたので恵まれている方でしょうね。

 最後の画像は走行中の東海道本線から撮影した東京機関区の様子です。この一枚を撮影するため、品川~新橋間を3往復してやっとシャッターチャンスを得ました。健ちゃんさんのHPのトップに掲載されています。
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 歴史の流れには誰も逆らえません。再開発完成後、電車区・客車区・機関区が有ったことを示す石碑でも立ててくれればせめての慰みになります。そして一鉄道ファンとして新駅誕生を喜んで迎えたいと思います。


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  1. 2012/02/01(水) 17:21:11|
  2. 鉄道史
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プロフィール

KO

Author:KO
ブランクはありますが撮り鉄暦48年 
東京在住のKOです
鉄道の他にアマチュアオーケストラでViolaを弾いてます

現場での挨拶を大切にしましょう。

当たり前ですが、《こんにちは~》 

《よろしくお願いします~》を忘れずに!



挨拶して損は有りません、難しい顔をして撮るより笑顔で楽しく撮りましょう!



現場で見かけたらよろしくお願いします

三脚は出来るだけ使わないようにしましょう!!

列車に向かってストロボを炊くのは止しましょう!


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